「韓国語 勉強 意味ない」
もしあなたが、この言葉で検索してここに辿り着いたなら——たぶん、疲れている夜だと思います。勉強しているのに伸びない。ふと、Papagoの翻訳精度がまた上がったというニュースを見る。「あれ、私がやっていることって、何の意味があるんだっけ」。
わかります。私も5年、韓国語を独学して、いまだに話せません。「意味あるのかな」と思った回数は、数え切れません。
でも今日は、そんな私のちょっと変な事実から話を始めさせてください。
私はこの5年間、韓国で翻訳アプリを使って会話したことが、一度もありません。
翻訳機会話、0回
誤解のないように言うと、翻訳アプリを嫌っているわけではありません。それどころか、Papagoは私の発音練習の相棒です。単語の発音を確かめたいとき、Papagoに発音させて、聞いて、真似る。「先生」としては、しょっちゅう使っています。精度も速度も、5年前とは別物。カメラをかざせばメニューが読めるし、マイクに話せば自然な韓国語が出てくる。「勉強なんかしなくても、これで十分では?」という意見は、正直、一理あります。
それでも私は、翻訳画面を相手に見せて、会話を代行してもらったことが、5年で0回なんです。
メガコーヒーのタッチパネルの前で詰んだとき(1本目の記事に書いた、あの情けない事件です)ですら、翻訳アプリを開くという選択肢は、頭に浮かびませんでした。カッコつけたわけではありません。それどころではないくらい、テンパっていたんです。手元には普段から使っている頼れる相棒がいたのに、緊張は「持っている選択肢」ごと視界から消してしまう(この現象の解剖は、また別の記事でやります)。
でも、あとから冷静に考えても、思うんです。あの場でPapagoを差し出していたら、たしかにコーヒーは買えた。でも、それは私が欲しかったものだったのか?
私が欲しかったのは「伝わること」ではなくて、「自分の口から出ること」だったんです。
会話には、2種類ある
整理すると、会話には2種類あると思っています。
ひとつは、情報のやりとり。道を聞く。値段を確認する。アレルギーを伝える。これは「正確に伝わること」がゴールです。そして正直に言うと、この用途なら翻訳アプリの方が、5年勉強した私より確実です。悔しいけど、事実です。
もうひとつは、気持ちのやりとり。こちらはゴールが違います。
前の記事にも書きましたが、私は韓国の食堂を出るとき、「잘 먹었습니다(ごちそうさまでした)」「너무 맛있었어요(とても美味しかったです)」を毎回必ず言う、と決めています。
これ、情報としてはほぼ無価値なんです。言わなくても誰も困らない。翻訳アプリで画面を見せることもできる。でも、自分の口から下手な発音で出た「맛있었어요」に、店のおばちゃんが「아이고〜」と笑ってくれる。あの3秒は、スマホの画面越しには、たぶん起きない。
翻訳アプリは「伝える」の道具としては完璧に近い。でも私が韓国語を勉強している理由は、伝えたいからじゃなくて、自分の声で言いたいからでした。この2つは、似ているようで、別のものだったんです。
だから私の中で、Papagoの役割は自然と決まっていました。発音の先生はやってもらう。でも、会話の代打は頼まない。 代わりに打ってもらったヒットは、私の打率に入らないので。
「意味ない」は、半分正しい
だから、「翻訳アプリがあるのに勉強する意味はあるのか」への私の答えは、こうなります。
情報を伝えるためだけなら、意味は薄くなりつつある。ほんとうに。
旅行の移動、注文、買い物は、もう翻訳アプリでほぼ完結します。「旅行のために勉強しなきゃ」は、実は成立しなくなってきている。ここで無理にポジショントークをしても仕方ないので、認めます。
でも、だからこそ、残る意味がはっきりしました。
道具で代替できるものが増えるほど、代替できないもの——自分の口から出る一言——の輪郭が、くっきりしてくるんです。
昔は「勉強する理由」の中に、実務も気持ちも全部混ざっていました。今は実務を機械が引き受けてくれる。おかげで、私たちは純度の高い方だけを目指せる。そう考えると、翻訳アプリの進化は、学習の意味を奪ったんじゃなくて、意味を選別してくれたんだと思います。
だったら、目標も選別していい
ここで、ひとつ提案があります。
「ペラペラになる」を、目標から降ろしませんか。
ペラペラ——つまりあらゆる場面を韓国語だけで乗り切る力——が必要な場面は、翻訳アプリがどんどん埋めてくれています。私たちが目指す価値がいちばん高いのは、機械に代替されない部分。つまり、こういうやりとりです。
「맛있었어요(美味しかったです)」
「아이고, 한국말 잘하시네요(あら、韓国語お上手ね)」
「아니에요, 아직 잘 못해요(いえいえ、まだ全然です)」
たった2〜3ターンの、気持ちの往復。
これなら、5年話せない私でも、射程に入ります。実際、食堂の帰り際のやりとりは、もうできている。ペラペラを100点とするなら2〜3ターンは5点くらいに見えるかもしれませんが、翻訳アプリに置き換えられない5点です。機械が90点を取れる時代に、機械が取れない5点を持っている。そう考えたら、悪くない気がしませんか。
まとめ:意味は、機械が決めるものじゃなかった
「韓国語 勉強 意味ない」と検索した夜のあなたに、5年目の私から言えることをまとめます。
翻訳アプリはこれからも進化します。実務としての語学の価値は、たぶん下がり続けます。それは止められない。
でも、あなたが韓国語を始めた理由を思い出してください。「正確な情報伝達がしたい」だった人は、たぶんいないはずです。好きなアイドルの言葉をわかりたい。ドラマを字幕なしで感じたい。旅先で、ひとこと自分の声で言ってみたい——そういう「自分の口と耳でつながりたい」が動機だったなら、その意味は、翻訳アプリが何回アップデートされても、1ミリも減りません。
勉強する意味は、機械の性能が決めるものじゃなくて、自分が何を欲しいかが決めるものでした。5年かかって、私はそう結論しました。
だから、今夜「意味ないのかな」と思ったあなたも、明日もし5分だけでも続けられたら、それでいい。
翻訳機に任せるところは任せて、自分の心がこもった一言、育てていきましょう


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