韓国語5年でできるようになったことを、盛らずに全部書いてみた

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SNSの韓国語界隈には、2種類の人しかいないように見えます。

「独学1年でペラペラになりました」の人と、「挫折しました」の人。

でも、実際の学習者のほとんどは、そのどちらでもない場所にいるはずです。ペラペラでもない、やめてもいない、その間の長い長い中間地帯。私もそこの住人です。5年住んでいます。

中間地帯の住人は、発信しません。ドヤれる成果がないからです。だからSNSには両端の声だけが流れて、中間地帯はまるで存在しないみたいになっている。

今日はその中間地帯から、実況をします。5年でできるようになったことを、盛らずに、小さいまま、全部書きます。

最初に白状すると、パッと出てきませんでした

この記事を書こうとして、最初に困ったことがあります。

「5年でできるようになったこと」が、パッと出てこなかったんです。5年もやってるのに。

でも考えてみたら、これには理由がありました。人間は、できるようになったことにすぐ慣れて、それを「当たり前」にしてしまう。ハングルが読めることも、メニューがわかることも、いつの間にか自分の中でゼロ地点にリセットされている。だから意識に上るのは「まだできないこと」だけ。

できることは透明になり、できないことだけが見える。

SNSのすごい人を見て落ち込むのは、この構造のせいもあると思います。他人のできることは見えるのに、自分のできることは透明。そんな勝負、負けるに決まってる。

だから以下は、透明になっていたものを、ひとつずつ可視化し直した記録です。

① 韓国語が「音の壁」から「塊」になった

5年前、韓国の空港や地下鉄のアナウンスは、ただの音の連続でした。どこが単語の切れ目かもわからない、意味以前の「音の壁」。

今は、知っている単語が増えたぶん、流れてくる音が塊で聞こえます。全部はわからなくても、「次は」と「駅」が拾えれば、間の知らない部分が駅名だと推測できる。なんとなくわかる、は、推測が機能する程度に手がかりが増えたということでした。

② 「까먹었어!」が字幕より先に届いた

ドラマを見ていて、字幕を読む前に「あ、今のわかった」と思う瞬間が増えました。

最近だと「까먹었어!(カモゴッソ=忘れちゃった!)」。

これ、地味に嬉しかったんです。というのも、教科書で「忘れる」は 잊어버리다(イジョボリダ)と習います。까먹다は教科書にあまり出てこない、くだけた口語。つまりこれが耳に飛び込んでくるのは、机の勉強じゃなく、ドラマや生の会話を浴びた時間の成果なんです。5年の聞き流しは、無駄じゃなかったらしい。

③ お店の「台本」が頭に入った

食堂やカフェでのやりとりが、5年前よりずっと楽になりました。

理由は、聞き取り力そのものより、台本の把握です。入店したら人数を聞かれる。注文したら復唱される。食後に会計。——この流れが頭に入っているので、次に何を聞かれるかを予測しながら聞ける。予測できる球は、打てるんです。

逆に言うと、5年前は全部が不意打ちでした。同じ聞き取り力でも、台本があるかないかで、体感の難易度はまったく違います。

④ 帰り際の一言を、毎回必ず言うようになった

食堂を出るとき、「잘 먹었습니다(ごちそうさまでした)」「너무 맛있었어요(とても美味しかったです)」を、毎回必ず言うようにしています。

これは「できるようになった」というより、「すると決めて、続けている」ことです。帰り際って、実は一番安全なタイミングなんです。会話がそれ以上続かないから、失敗のしようがない。そこで確実に1本打って帰る。

5年前の私は、言えなかった以前に、言おうとしていませんでした。小さいけど、これは変化です。

⑤ ハングルは10割読める。意味がわかるのは、3割

正直な数字を書きます。

看板でもメニューでもSNSでも、ハングルを「音にする」ことは、ほぼ10割できます。(音にするスピードはさておき)文字の壁は、もうない。

でも、読めたうえで意味がわかるのは、体感3割です。7割は「読めるけど、わからない」。発音に自信があるのは4割くらい。

5年でこれか、と思う人もいるかもしれません。でも5年前は、読める(音にできる)が0割だったんです。文字→音の変換は完成した。音→意味の辞書が、3割まで育った。今はそういう現在地です。

⑥ 会計の数字は、聞き取れる。でも「もう一回」と言う

「만 삼천 원(13,000ウォン)です」——これ、部品は全部聞き取れるんです。만=10,000も、삼천=3,000も知っている。

でも、ネイティブは一瞬で言う。部品を拾う→桁を組み立てる→円に換算する、の処理が追いつかない。だから「다시 한번 말해 주세요(もう一回お願いします)」と言います。

以前の私なら、これを「数字もまだ聞き取れない」と数えていました。でも正確には違う。知識はある、演算がまだ遅い。工場は建った、ラインがまだ遅いだけ。それに、「もう一回」を韓国語で頼めていること自体、5年前にはできなかったことです。

⑦ K-POPの歌詞が「大体わかる」ようになった

好きな曲の歌詞が、大体わかるようになりました。もちろん、わからないものも多数あります。

K-POPの歌詞は、実は日常語彙(会いたい、行かないで、君だけ)の繰り返しが多くて、ニュースやドラマより先に「わかる」が来る素材なんです。だから「歌詞ならわかる」は、ズルでも錯覚でもなく、日常語彙圏をカバーし始めたというちゃんとした前進です。

まとめ:物差しを替えたら、全部が前進だった

以上、7つ。ドヤれるものは、ひとつもありません。

「ペラペラになりました」と比べたら、全部ささやかです。SNSの物差し——ペラペラか、話せないか——で測れば、私は今も「話せない」側に分類されます。

あなたも少し前の自分と比べたら、どうでしょう。音の壁は塊になり、口語が耳に届き、店の台本が入り、帰り際の一言が習慣になり、文字の壁は消え、数字の部品は揃い、歌詞が大体わかる。些細なことでも全部、前進です。

他人と比べれば停滞。過去の自分と比べれば前進。事実はひとつなのに、物差しで景色が変わる。

もしあなたも「何年もやってるのに、できるようになった気がしない」なら、たぶんできることが透明になっているだけです。試しに、勉強を始める前の自分を思い出して、棚卸ししてみてください。びっくりするくらい地味で、びっくりするくらい確かな前進が、出てくるはずです。😊

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